2012年1月30日月曜日













プエルタ デ ソル広場に通る大通りに溢れる群衆、後から後から人々は続き、街路も広場も人で溢れる。そして夜中まで人波が引くことはない。一哲のバックパッカーの宿は此処に面してビルの5階。翌日3時ごろ見下ろしたがかなりの人ごみだった。













白熊、ウサギの帽子を被って、これからソル広場に繰り出すの。夜11時くらいまで家族で外を歩き回っていた。

マドリドの年の瀬



 










若者達が300メートル余りも行列をつくっていた。何してるの? デスコで踊るの。デスコを覗くとお立ち台が真ん中にあって、ミニスカートの娘たちがこぼれるばかりに密集、なにやら何十年か前の日本にタイムスリップ。



街頭の玩具、5センチ位の大きさ、おもしろい マドリドのソル広場にて






2012年1月10日火曜日

マチュピチ 1












マチュピチ や 眠りは深し 昼寝かな












様々な遺跡 全て 石組み











 
インカの道 確りと石が敷き詰められ崩れた跡はなし リマがのんびりと草を食む











段々畑が山肌を下る、その石垣も欠けた跡無し 見事な技術













上の畑よりマチュピチ遺跡を望む














左の緑は中央広場、人々は此処に集い
祭りを行い、神に祈りを捧げた。












雄大な風景、回りはアンデスの山々












マチュピチ遺跡の入り口 監視所












マチュピチに着いたよ










クスコ 2












石には突起があり、このように担いだのかな


インカの石垣 意識的に様々な石を使って積んでいる。何かのメッセージかな 街の通り。

2012年1月9日月曜日

クスコ

2011年一哲は南米を放浪した。
クスコは、500年前スペイン人が侵略するまで、インカ帝国の都で旧い都市です。10日間バックパッカーの宿に滞在した。













インカ時代の石垣です。メモ用紙も入りません。


坂の上の宿から眺めた、中心広場プラザデパルマス。



広場は、市庁舎、教会、回廊、商店街、食堂街に囲まれ、街が広がる。















案内役の宿の娘さんが指し示す石の壁は、スペイン人が組んだ教会の壁、

隣接する見事な石組みはインカの職人が組んだ壁。



3大地震で、インカの石壁を残して、スペイン人の壁は全て崩壊したそうだ。

彼女は、インカの子孫の誇りを持って説明した。













坂が多い、



標高3300メートル上の街の坂道を上るのは容易でなかった。

坂道の脇で、アルパカなどの衣類を売っている。

2010年3月24日水曜日

メリダMerida

ローマ時代の水道橋の水路、幅20センチ深さ50センチ位か、山から何時キロもこれで水を引いてきたんだ。後にイスラムに支配されると、ガレーと言って地下水道を掘って水を通す。サイホンの原理を使ってね。
公園で憩う人々、水の心配も無いしね。年寄りはよく公園や樹木の茂った広どうりでゆったりしている、ワイシャツを着てね。




団地の広場を横切るローマ時代の水道橋、住民は、振り向きもしないが、外国の観光客は高いお金を使って大勢見学に来る。



子供たちが遊んでいる、手に大きなグローブ、サッカーのボール、親たちはテーブルを囲んでビールで談笑、楽しい街の夕暮れ。




ローマ時代の橋、今も現役、建設コストはとっくに償却済み、子孫?たちは無償で利用している。いやはるばる写真をとりにやってきて街にお金を落とす客が大勢、生活を支えている。嗚呼偉大なる侵略者ローマのカエサルに感謝感謝。





ローマ時代のこの町の復元図。今よりはるかに立派。嗚呼2500年人々は如何に退化したことか!かの人々の美意識、正確な設計、創造力の高さに驚き,感動、脱帽。






復元図の遺跡、せめてこれを永遠に繋げ、







いつでもバル、バルが無くては、朝も昼も夜も無いよ。遺跡の傍のバルで一杯のビールは最高よ。